最後の『家族の風景』の音楽でようやくどういう意味の内容なのか分かった。にくいけど愛おしいという意味なんだろうな。
いつも観ている映画より遠景や歩いている場面が多い映画でした。
皆さんで思い出話をしてください、とお坊さんが言ったところ、確かそこがアドリブで作っていたんだと思う。佐藤二朗がアドリブらしさを存分に出していた。週に九回雀荘で会っていました、というベタなギャグをさらに笑っているのがくすっとしました。
齋藤工の監督作品であんなに映画が好きな人はどんな映画を作るんだろうなと興味深く観ていました。
思い出話をしただけだと、いい人なんだか少し話が弱い気がした。話の内容が少し弱いと思ったが、それが本当らしさを出していて、最後のほうの高橋一生の「嫌いでした、でも少し好きです」という言葉の実感が持てた。
高橋一生のファンだったのですが、高橋一生のぶっきらぼうなのところがよく出ていた。私は高橋一生の弱いところも好きなのですが、それはでていず残念。顔のドアップが出ていたが、顔のシミとかほくろとかしわとかでていてそんなにアップにしなくてもと思った(笑)
どうしようもないお父さんの人間味あふれるところを見てほんの少しだけ好きになるのは分かるし、作文を最後まで大切にしていたのは自分にとって思い出深いものになるのだろう。
映画に出ていた音楽が映画を助けていた。